「日本一の大天狗」とも称された後白河法皇の敗北から現代に通じる教訓を探る。1127年、鳥羽上皇の第四皇子として生まれた後白河は皇位継承の可能性が低く、少年時代から、当時、流行していた今様に熱中。しかし、29歳の時、突如、天皇となり、貴族政治の中心的存在となる。その後、保元・平治の乱を経て、平清盛が台頭すると、上皇となっていた後白河は清盛の助力を得て、42歳にして自身による院政を確立した。
1169年、出家して法皇となった後白河は清盛の協力を得て政権を運営していくが、朝廷内で清盛率いる平家一門の勢力が拡大すると、やがて、両者の間に亀裂が生じる。後白河が清盛と友好関係にある延暦寺と敵対すると、その溝はさらに拡大していった。そして1179年、清盛が治承三年の政変と呼ばれるクーデターを起こし、53歳の後白河法皇は幽閉されてしまった。後白河法皇はなぜ、政権の支持者と対立してしまったのか?
1180年、独裁政治を進める清盛に反発する声が上がり、源平合戦が勃発。その最中、後白河による院政が再開される。それから程なくして、清盛が病死。1185年、平家が滅亡し、源氏による鎌倉幕府の体制が確立する。貴族政治から武家政治に移行する大転換期に直面し、芸術文化の発展にも力を尽くした後白河は1192年、66歳で激動の人生に終止符を打った。後白河法皇の数奇な人生、そして、彼が生きた時代とは?
【出演】
解説:伊東潤(歴史作家)
進行:中西悠理(キャスター)
「日本一の大天狗」とも称された後白河法皇の敗北から現代に通じる教訓を探る。1127年、鳥羽上皇の第四皇子として生まれた後白河は皇位継承の可能性が低く、少年時代から、当時、流行していた今様に熱中。しかし、29歳の時、突如、天皇となり、貴族政治の中心的存在となる。その後、保元・平治の乱を経て、平清盛が台頭すると、上皇となっていた後白河は清盛の助力を得て、42歳にして自身による院政を確立した。
1169年、出家して法皇となった後白河は清盛の協力を得て政権を運営していくが、朝廷内で清盛率いる平家一門の勢力が拡大すると、やがて、両者の間に亀裂が生じる。後白河が清盛と友好関係にある延暦寺と敵対すると、その溝はさらに拡大していった。そして1179年、清盛が治承三年の政変と呼ばれるクーデターを起こし、53歳の後白河法皇は幽閉されてしまった。後白河法皇はなぜ、政権の支持者と対立してしまったのか?
1180年、独裁政治を進める清盛に反発する声が上がり、源平合戦が勃発。その最中、後白河による院政が再開される。それから程なくして、清盛が病死。1185年、平家が滅亡し、源氏による鎌倉幕府の体制が確立する。貴族政治から武家政治に移行する大転換期に直面し、芸術文化の発展にも力を尽くした後白河は1192年、66歳で激動の人生に終止符を打った。後白河法皇の数奇な人生、そして、彼が生きた時代とは?
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解説:伊東潤(歴史作家)
進行:中西悠理(キャスター)