
偉人・敗北からの教訓
2026/06/20 22:00 配信開始
豊臣秀吉の四国攻めに屈した長宗我部元親の敗北から現代に通じる教訓を探る!1575年、37歳にして土佐を統一した元親は天下人・織田信長の承諾を得て、四国の統一に乗り出すが、その後、信長が方針を改め、四国への侵攻を目論む。ところが、その矢先に本能寺の変が起こり、元親は危機を脱する。一方、信長亡き後、謀叛人・明智光秀を討ち取った秀吉は賤ヶ岳の戦い、小牧・長久手の戦いを経て、織田政権の実権を握った!
元親は秀吉を牽制しながら勢力を拡げ、1585年、四国をほぼ統一するが、秀吉は紀州を平定した後、弟・羽柴秀長を総大将とする総勢10万を超える大軍を送り、遂に四国攻めを開始!合戦中に秀吉が関白に就任したため、この戦いは天下平定戦と位置づけられる。朝敵となった元親は各地に兵を動員し、必死に抵抗するも、羽柴軍には歯が立たず、屈服せざるを得なかった。元親はなぜ、圧倒的な力を持つ秀吉に戦いを挑んだのか?
1586年、秀吉の命を受け、九州攻めに向かった元親は戸次川の戦いで自ら槍を振るって奮戦するも、嫡男・長宗我部信親を失ってしまう。その後、元親は長宗我部水軍を率い、小田原攻めに参陣し、秀吉の天下統一を支える。さらに文禄・慶長の役にも従軍し、1599年、61歳でこの世を去った。元親は自身が夢見た四国統一後にどんな未来を描いていたのか?元親の敗北から学ぶ教訓は...「結論の先送りは命取りになる」!